欠如
スタートホールは、
真っ直ぐ打ち下ろしのロングホールだった。
グリーンまでの距離は495ヤード。
目の前には、広く平らなフェアウェイが広がっている。
きっと、落ち着いて打てれば
「打ちやすいホール」なのだろうが、
内気でシャイで緊張しいの俺には、
恐怖のスタートホールに見える。
しかも、ティーショットの順番は、
俺が
「一番くじ」を引いてしまった。
初めてのゴルフ場で、初めて出会った同伴者。
ゴルフ歴は俺より少ないとはいえ、
人生の先輩でもあり会社を経営している社長さまが俺のティーショットに注視している。
「こっ、このドライバーショットだけは、ヘマは出来ないぞっ・・・。」
いつも以上の緊張感が、俺の身体を襲ってきている。
腕はピンと伸び、膝もピンと伸び、
前傾した胸が大きく前に張られていた。
柔らかく握ったグリップ。
しかし手の甲には、血管がプックリと浮き出ているのが見える。
息を吐き、スッと下におろした肩も、
気が付くと
「いかり肩」になっていた。
意識して緊張を解くルーティンを行っていたハズだが、
いつの間にか
C-3POの様なカクカクした動しかできない身体になっていた俺。
「初めてという不安」は、
こんなにも人の筋肉、そして、姿や形までも変えてしまうのか?
俺がアドレスを取っているティーイングランドの中は、
不穏な空気が一杯に充満して、
しばらく時が止まった様に感じられていた。
色々と頭の中によぎる事はある。
・
ターゲットに向かってスクエアに構えているだろうか?
・しっかり上体の前傾が取れているだろうか?
・腕の力は抜けているか?
・ティーの高さは丁度いいか?
・重心は偏っていないか?
・足の裏全体に体重が乗っているか?
・グリップの緩みは出ていないか?
・両手で支えるようにクラブを持っているか?
・スイングのチェックポイントは、全てチェック出来ただろうか?
などなど・・・。
時間はまだ、止まったままだった。
「もう、打つ前にいろいろ考えたって、
打ってみなきゃ結果は分からないんだよっ。」
俺は、心の中で自分に言い聞かせた。
確かにそうだ。
打つ前の準備はアドレスを取る前に全て終わらせて、
一度アドレスを取ったなら、
後は
「ボールを打つことだけに意識を集中する」しか残されていない。
結果は、ボールを打った後にしか分からないのだから・・・。
深く大きく深呼吸をして、
全ての思考をリセットした俺は、
手に持ったドライバーを振り切った。
ブン!
バチン!!
ピュー――!!!
白いボールがフェアウェイに向かって
空高く真っ直ぐに飛んで行ったのだった。
「ナイスショーッ!」
同伴者からは大きな歓声が上がっていた。
緊張の第1打目、
なんと快心のグッドショットだった。
この1発で緊張の呪縛を解き放った俺は、
2打目3打目とミスなくこなして、
スタートのロングホールでいきなり
「パー」を獲得した。
「ヨシ!前回の100切りは、やっぱり本物だったな!」
スタートホールから安定したプレーが出来た俺は、
自分の成長を噛みしめながら次々にホールを重ねて行ったのだった。
しかし、全てが安定したプレーで終わるハズがなかった。
途中のホールから、
気分良くブンブンと振り回していたドライバーが曲がり始めた。
最初はフックで左曲り。
それを嫌がって修正すれば今度は右にスライスが飛び出した。
しかし、時々
「ナイスショット」も飛び出すから始末が悪い。
何が良くて何が悪いのか全く分からないまま、
俺の初コースへの挑戦は終了した。
前半
「53打」、後半
「50打」の合計
「103打」
パット数は
「35」。
やはり、俺の前回の
「100切り」は、
夢か
奇跡か
幻だったという事がここで明らかになった。
前半の途中から、雨が降り出すという不測の事態があったものの、
そんな中でも安定したプレーが出来なければ、
やはり
「脱初心者!」と言うのにはまだ早いという事だろう。
そして俺は、
雨に濡れた身体で、
涙に濡れた心を隠して、
初めてのコース
「長野国際カントリークラブ」を
後にしたのだった・・・。
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