誕生
「LPGAレジェンズチャンピオンシップ」の大会裏方として参加した俺。
大会ボランティア本部に顔を出したが、
いきなり別の場所に行ってくれと言われた。
「すみません。ココじゃなくてクラブハウスの方へ行ってください。」
へっ?ココじゃないって??
突然、意味の分からない事を言われて混乱しつつも、
とにかく言われた通りにクラブハウスに向かった俺。
何だ?クラブハウスに
一体何があると言うのか?
まさか、清掃係とかレストランで皿洗いしろとか言わないよな?
「まずは下積みが必要だ!」なんて。
いや、それをするんだったら、
選手のマッサージ係とかの方がいいよな。
「お客さん、ここ凝ってますね~」とか言いながらモミモミと。
って、そんなボランティアがあるかどうかは知らないけど。
それより俺、
「性感専門」だしぃ。
じゃあ何だ?
まさか、そのままフロントでチェックインして
「大会に出場」とか言わないよね?
「代役にぴったりなんです」って。
男役が宝塚なら、女役のニ丁目か?
俺は新宿生まれじゃなくて、信州生まれなんだぞ!
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。
じゃあ、こちらをどうぞ。
中に着替えが入っていますので。」
と挨拶を受けると同時に、
会場本部の人から大きな手提げ袋を手渡された。
通常ボランティアになると、
一般キャラリーと見分けが付くように、
「専用キャップ」や
「ベスト」などを着る事になる。
「そうか、これが俺のミッションなんだな?
今回はどんなユニフォームなんだろう・・・?」
と、入っていたものを取り出して
ビックリ。
なんと、
その中には、
LPGAの
キャディー服が入っていたのだった!!
「えっ!?コレってまさかっ!? 」
って、直ぐに着替えちゃったじゃないか
俺!
しかも、決めのポーズまで決めちゃって!!
もう、やる気マンマンになっているけど、いいのか?
ホントにこんな服着ちゃって
いいのか!?
後で、
「すみません、間違いでしたっ」とか言われたって、
もう脱がないもんねー。
だって、こんな服が着れるなんて事はもう二度とないかも知れないしぃー。
いや、
二度とない!間違いであっても
二度とない!!
だから今のうちに写真を撮っちゃえー。バンバンと。
そして
「むら家の家宝」として祖先代々に受け継いで行くんだよ。
「おじいちゃんはね、ほんとにスゴイ人だったのよ」って。
既に、我を忘れてノリノリになってポーズを決める俺に、
遠くの方から声が聞こえてきている。
「オイ、むら!なにノリノリになっているんだよ!
お前、分かっているのか?」
うん、なに?
誰が呼んでるの?
「オイ!聞いてるのかよ。お前、その服を着てるって事は、
キャディーをやるんだよ、キャディーを!」
どうやら、もう一人の自分
「エンジェルむら」が、
頭の中で俺に話しかけてきているらしい。
そんなの分かってるってさ。
「つけま」付けて、ぱみゅぱみゅだろ~。
「バカ!それはキャディーじゃなくてきゃりーだろ!
もう、踊ってる場合じゃないんだよ、PONPONPONとか言いながら。
選手と一緒にプレーするんだって言ってるんだよ!」
そんなの分かってるって。
選手のバックを担いで、距離とか風とかハザードとかアドバイスしたり。
それに俺、
「ファーーー!」と叫ぶ事なら決して誰にも負けないゼ!
「バカ!!プロの試合なんだからそんなこと叫ぶ事はないんだよ!
フェアウェイに当たり前の様にボールがあって、確実にパーオンしてくるんだって!
大体お前、グリーン読めるのかよ?」
そんなの簡単さ。
スライスにフック、上りに下り、順目に逆目、あけみにキョウコ。
いつも強気でガツンと一発!だぜィ~。
「お前なぁ、ここはキャバクラじゃないんだよ!プロの試合会場なんだよ!
大体いつもそんな攻め方しているから見向きもされないんだよ。
もっと、複雑なんだって女心は!」
もう、うるさいなぁ~。
俺も遂にアマゴルファーを卒業する日が来たんだよ。
「プロキャディーむら、誕生!」と。
「なぁ~にが、プロキャディーむらだよ!
大体、いつまで経っても100すら出来ないお前が
そんな事出来るわけないだろ!」
分かってないなぁー。
これは
「俺への挑戦」なんだ。
今のままじゃ、いつまで経っても
「初心者のむら」のままなんだよ。
だからそれを打ち破るには、時には荒治療も必要なんだって。
分かる?
「分かるワケねぇーだろ!
何が挑戦だよ、轟二郎か、お前は?「記録・・・。それはいつも儚い。」
って。
びっくり日本新記録じゃねぇーんだぞ、これは!」
いつまでもエンジェルの声が聞こえてきたが、
そのネガティブを振り切って、
俺は、これから始まる戦いに備える事に集中し始めた。
「俺も、俺も選手と一緒に戦うぜ!!」
そして、
無事、
18ホールの激闘をやり切った俺。
「性も根も尽き果てた」とは、
まさしくこんな状況の時に使う言葉なんだなとしみじみ感じながら
誰もいなくなった最終ホールにたたずんでいた。
しかし、
俺の心は、
確かな充足感に包まれていたのであった。
「やり切った・・・。
こんな俺でも、やり切る事が出来たんだ・・・!」
自分への挑戦。
そして、
大会裏方としてのミッション。
全て完了したのであった・・・。
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